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>>毎日新聞夕刊より
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2002/ 7/ 1 18:56 [ No.44387 / 98984 ] |
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本物みたいです。ちょっと長いけど引用させていただく。
【全文】 7/1毎日新聞夕刊 「壊されたW杯」に怒り 鈴木洋史
サッカーを、ワールドカップを壊そうとした者は誰か。 私はいま、そのもの達に対する怒りでいっぱいだ。 そもそも国際サッカー連盟(FIFA)内の権力闘争の産物として共催が決定した時点で、 今大会の歪みは約束されたものだったのかもしれない。 テレビ放映料とスポンサー料が急騰し、FIFA代理店のISLとテレビ放映権を持つキルヒ・メディアが倒産した。 FIFAとバイロム社の無責任極まりない姿勢によりチケット販売が混乱した。
誤審問題が相次いだ。 スポーツに誤審はつきものだが、かつてこれほど開催国に有利な誤審が続いた頃はなかった。 それにより、エクスタシーをもたらしてくれる魅力あるサッカーが排除された。 私はそれが悲しい。
他国同士の対戦会場で自国の名を大合唱し、ナチスの印に侵入禁止マークを重ねた幕や、「ヒトラーの息子達は去れ」と書いた幕を掲げる。 過剰な民族主義は酷い。
私は「嫌韓感情」からこんなことを書いているのではない。 私はサッカーが好きだから、イタリア戦における韓国の戦い降りを絶賛する。 それと同様、サッカーが好きならフィーゴやトッティやラウルの嘆きを思いやり、 真の「友人」たらんとするなら他国に対する敬意を促すのが常識ではないか。 だが、我が大マスコミは金科玉条的に「友好」を大合唱した。 真実を大いに隠さんばかりの報道振りは「大日本帝国万歳」と叫ぶ姿に重なり、 私は鼻白むばかりか、背中に寒気を感じた。
そのおかげで、人間の本音が出やすいインターネットの掲示板には、 誤審に対する批判、他国への敬意を書いた応援に対する嫌悪感、 大本営発表に対する不信感が渦巻いている。 一部には「友人」に対する差別用語まで飛び交っている。 匿名性を盾に平然と差別用語を口にする者を私は軽べつする。
以前も私は、スポーツのエクスタシーよりも、金科玉条的に「日韓友好」を唱えることの危険を指摘した。 サッカーを愛することは「結果として」相互理解を深める。 それが健全なあり方だ。 だが、入り口を逆にすると不健康な事態になりかねない。 それは「教育」のためと称する高校野球が裏で多くの矛盾を抱えているのと同じだ。 そして、杞憂は現実となった。
今更ながら、よく言ってくれました。
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